The Idiot, the Curse, and the Magic Academy

Chapter 89



シャルはその後もどんどんとポーション作成セットを取り出し、作業台に並べた。

そして、何かを説明しながら聞いたこともない葉や実のエキスを入れていった。

結果、目の前には色とりどりの液体が入った三角フラスコがアルコールランプで熱せられている。

「壮観だな……」

「火を見ると落ちつくわよねー」

いいや?

何かの儀式みたいです。

「シャルさ、先週のことを親に言った?」

もちろん、ウォーレス先生やジョアン先輩のこと。

「言ってない。クロエには言ったけどね」

親には言ってないか……

「言わなくていいの?」

「言わないといけないわね。でも、そうすると面倒なことになるのは目に見えているもの。学園や運営から何らかの指示があるまでは黙っておく。ツカサは? 親御さんやトウコさんには言ってないの?」

「言ってない」

トウコに言っても『悪い奴!』って言うだけで無駄だし、親に言ったら町の外に出るのを禁止される恐れがある。

母さんって過保護だもん。

「そうよねー……まさか担任のウォーレス先生や自由派の先輩が別の町のスパイとは思わなかったわ」

「シャルさ、いまいちわかってないんだけど、別の町って何? そういうのがあるっていうのは聞いたことがあるんだけど、アストラルって町が分かれているの?」

「……知らないの?」

「誰にも聞いてないし、入学前にもらった分厚い本は開いてすらいない」

頭が痛くなっちゃうし。

「そう……歴史も取ってなかったわね?」

「一緒に呪学を受けてんじゃん。残念ながら受けられない」

悔しい……!

「どっちみち、取る気ないくせに……えーっと、アストラルができた経緯は知ってるわね?」

「魔女狩りでしょ」

それすらも詳しいことは微妙なんだけどな。

「魔法代理戦争は知ってる?」

「この前、ジョアン先輩に聞いた。世界大戦の時に真っ二つに分かれて争ったって」

「そこまでは知ってるのね……じゃあ、説明しましょう」

「おねがーい」

さすがは家庭教師のシャル先生だ。

「魔女狩り以降、アストラルという異世界ができて、色んな魔法使いが逃げてきた。最初は100名足らずだったけど、徐々に増えていき、10年も経たずに1000人を超えたらしいわ」

「色んな国から来た感じ?」

「そういうこと。当時は秘密裏に魔法使いのコミュニティがあったらしく、それを通じて色んなところから徐々に集まりだしたの。最初はヨーロッパ、そこからアフリカやアメリカ、ついには極東の日本までね」

いつなのかはわからんが、すごいな。

当時はインターネットや電話もなかっただろうに。

「それで1000人か」

「もちろん、それだけでは収まらなかった。1000人が5000人。そして、1万を超えたらしいわ」

「多いな……」

そんなに魔法使いがいたんだ。

「昔は多かったらしいからね。さらには逃げてきた魔法使い同士でも子を産み、どんどんと増えていった。そうすると、必然的に町が大きくなり、さらには別の町もできていったのよ」

まあ、わからないでもない。

「それが今の町?」

「いいえ。昔はね、2つか3つだけでそれも近くにあったのよ。でも、それが変わったのは国々の争いが起きてから。わかりやすいのは私達の国とイングランドの100年戦争なんかね。そんなことが起きると、当然、こっちでも仲が悪くなる」

わかりやすくないんだなー……

「それもジョアン先輩に聞いたな」

「もちろん、それだけじゃないけど、徐々に魔法使い達は国ごとに分かれ始めたのよ。特にヨーロッパ勢ね。フランス、ドイツ、イングランド、イタリア、ポルトガル、スペイン……」

う、うん……

「日本は?」

「日本は知らない。島国で鎖国してたし、残っている情報がほぼないわね」

鎖国……江戸時代!

「それで国ごとに分かれたって言ったけど、国ごとに町を作ったの?」

「そういうこと。それで各町から代表を出し、運営委員会を作った。それが今もある運営委員会の前身ね」

「前身?」

「町も国ごとに分かれ、運営委員会も作った……これね、こっちの世界と構図が一緒なのよ。こっちの世界でも国があって、国連があった。つまりアストラルも同じ道を進むわけよ。それが世界大戦」

国連?

「それで?」

「町が国になり、こっちの世界の代理戦争がアストラルで起きた。運営委員会も枢軸国と連合国で真っ二つ。ウチの国で言えば、ドイツに負けた時に報復をしたらしいわね」

フランスって負けたっけ?

「そうなんだ……」

「まあ、そんな戦争も世界大戦終了と共に終わるわけ。ドイツ、イタリアが負けたからね。あ、ちなみに、日本は空気。アストラルに日本の魔法使いがほとんどいなかったから」

空気か。

なんか微妙な気分だ。

「戦争が終わってどうなったの?」

「国で分かれるのは良くないという風潮ができた。そもそも、そういう争いや迫害が嫌でアストラルを作って逃げてきたのになんでこっちの世界と同じことになっているんだってなったわけ」

わかる。

正直、途中で俺もそう思ったもん。

「それで?」

「今の運営委員会が魔法使いや町ごとの争いを禁止した。魔法使いは魔法使いのためにあるべきで国のためにあるべきではないという宣言をしたのよ。それ以降、国同士での争いや差別なんかを厳罰とした」

差別……

「マチアスじゃん」

「そうよ。だからあんなことになったの。さすがに未成年の学生だからあれで済んだけど、立場ある人だったらめちゃくちゃ問題よ」

そんなのが周りにいたシャルって相当ヤバかったんじゃないだろうか?

「つまり今は国同士の争いはないわけ?」

「今はね。あなたの友達のセドリック君とフランク君は仲が良いでしょう? あれ、代理戦争時には考えられないわよ」

セドリックはイギリスでフランクはドイツだ。

敵だったわけだな。

「なるほどねー」

「今は平和なものね。実際、あなたのご両親もそうでしょう」

フランス人の母、日本人の父だ。

「歴史はわかったけど、それでなんでスパイが出てくるんだ?」

「今の町は国で分かれてないし、好きに移動できる。でもね、今度は国同士ではなく、町同士で争いが起きそうになっているわけ」

争いが好きだなー……

「なんで?」

「お金、利権、魔法……色々ね。こんなことを言いたくないけど、人は争うものなのよ。一人一人の意志はそこにない……わかるでしょ?」

シャルが言いたいことはわかる。

一緒に勉強をし、武術の訓練をしている。

さらにはデートをしたり、こうやって色々なことを教えてくれる学園で一番仲の良いシャルは実家的に言えば、めちゃくちゃ仲が悪いのだ。

「ままならんねー」

「本当よ。仲良くすればいいのに」

トウコと犬猿の仲で決闘までしたくせに……

その後も話をしながらシャルがポーションを作るのを見ていると、昼になった。

昼はクロエが作ってくれた昼食を食べる。

すると、食事を食べ終えたシャルが席に立ったタイミングでクロエが近づいてきた。

「どうでした?」

「別に苦痛じゃなかったよ。自分で書いた本で授業を始めるつもりだったって聞いた時はえーって思ったけど」

「昨日、確認したんですけど、まずは基礎を教えないとって言ってましたよ。止めましたけども」

多分、シャルが正しいんだろうけど、やめてほしいね。

勉強、嫌いだもん。

「でも、ポーションを作るところはすごかったな。なんかよくわからないけど、謎の液体を入れたら炭酸になった」

何あれ?

「ご安心を。私もわかりませんし、ほとんどの人がわかりません」

俺とクロエが話をしていると、シャルが戻ってくる。

「んー? 何の話?」

「ポーション作りの感想。よくわかんないよねって」

「まあ、そうかもねー……よし、午後からはあなたの要望のジンジャエール味の回復ポーションを作りましょうか」

「おー、ジンジャエール」

昼食を食べ終えた俺はシャルと共に2階に上がり、午後からも研修室に籠ってポーション作成を眺め続けた。

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