Chapter 88
ジョアン先輩とウォーレス先生のスパイ騒動から1週間が経った。
あんなことがあったが、あれからいつものような日常が続いている。
暗部とやらからも校長先生からも呼び出しはない。
唯一、変わっているところはアンディ先輩が休んでおり、寮にもいないということをフランクとセドリックから聞いたことくらいだ。
おそらく、事件の後処理に追われているのだろう。
俺はいつもの1週間を終え、日曜にシャルの家を訪ねることにした。
実際は土曜もシャルと会い、武術の訓練と勉強会をしたが、昨日はファミレスだった。
シャルの家の前に来るとインターホンを押す。
すると、すぐにメイド服を着たクロエが笑顔で出てきた。
「おはようございます、ツカサ様。ようこそいらっしゃいました」
クロエは玄関から門扉までやってくると、一礼する。
「おはよー」
「ツカサ様、朝からご苦労様です。今日は一日、お嬢様の錬金術というつまらないものを見るという苦行ですが、別の見方をすれば、良い感じの女子と部屋で2人きりでイチャイチャです。ぜひ、そちらを楽しんでください」
そうはならんと思うが?
「クロエは本当に下世話だなー」
「いえいえ、本当に苦行なんですよ……5分で飽きると思います」
クロエの顔が若干、暗い。
似たような経験を思い出したのかもしれない。
「そんなに?」
「お嬢様は楽しいでしょうね、お嬢様は……」
「そ、そっか」
正直に言うと、俺は昼から来るつもりだった。
でも、シャルが朝からと言ったのだ。
そんなに時間がかかるものなのだろうか?
「では、こちらに」
クロエが促してきたので家に入る。
そして、リビングに通されると、優雅にコーヒーを飲んでいるシャルがいた。
「おはよー」
「おはよう。良い天気ね」
「そうだな……」
来た時に空を見たが、雲一つない晴天だった。
午前中とはいえ、すでに7月に入っているので暑かった。
「こんな良い天気なのに外にも出ず、エアコンの利いた部屋に籠ってやるのが錬金術よ」
「そうなんだ……」
シャルって絶対にインドアだな。
「よし、上に行きましょうか」
シャルがコーヒーを飲み終え、立ち上がった。
「お嬢様、くれぐれも自制してくださいね。オタクの説明ほど、興味がない人には苦痛でしかないことをご理解ください」
クロエがシャルに釘をさす。
「わかってるわよ。ツカサ、行こ」
シャルにそう言われたので一緒にリビングを出ると、階段を昇っていった。
当然だが、2階に上がるのは初めてである。
2階に上がると通路があり、左右に部屋が2つずつある。
「4部屋か」
ウチはトウコと俺の2部屋しかない。
もっとも、俺とトウコは寮にもそれぞれの部屋がある。
「クロエの部屋と私の部屋が3部屋ね」
「3部屋もあんの?」
「寝室、研究室、物置。物置は兼用なんだけど、実質、私の物しかない。ポーションやらなんやら」
ポーションを腐るほど持っているというのは本当のようだ。
「研究室はどれ?」
「それ」
シャルは手前の右側を指差し、扉を開けた。
そして、部屋に入っていったので俺も入る。
「おー」
部屋の中は10畳くらいだったが、様々な器具が置かれていた。
さらには本棚には分厚い本がびっしり詰まっている。
「クロエのおかげでかなり片付いたのよ。本当は物が散乱して汚かった」
別に言わなくてもいいのに正直だな。
「すごいなー」
「まあ、座りなさいよ」
シャルにそう言われたので作業台の前に椅子が2つあったので片方に座った。
すると、シャルは本棚から一冊の分厚い本を取り出し、隣のもう片方の椅子に座る。
「本当は先にちょっとだけ勉強した方が良いと思ったんだけど、クロエがそれだけはやめた方が良いって言うからやめることにしたの」
「うん。勉強嫌い」
「はっきり言ったわね……一応、学園の授業とは違って、より実践的なんだけどね」
シャルがそう言って、本を開いた。
そこには絵付きの説明が載っており、内容的には回復ポーションのことのようだ。
「手書き?」
「私が書いたやつ」
私が、書いた……?
え? この人、自分で錬金術の本を書いてる?
俺はシャルが開いた本を手に取り、背表紙を見る。
背表紙は青く、網状の模様が描かれている。
「ふむ……」
次に本棚を見た。
この本が収まっていたところには当たり前だが、空きができている。
問題はその横にずらっと同じ色と模様の本が10冊以上は並んでいることだ。
「え? あれ全部?」
「そうね」
そうねって……
「趣味の範疇を超えてない? 物書きさんじゃん」
「研究成果よ。研究職の人間はこうやって成果を残すの」
学園の地下にある資料みたいなものか……
「自分で研究職って言ってんじゃん」
「趣味よ、趣味。本業は武家の次期当主」
武家の要素がねーよ。
「あのさ、本来だったらあの並んでる本で授業をする予定だったの?」
「うん。クロエに聞かれてそう答えたら『バカじゃね?』って言われた」
言い方はあれだが、クロエはよくやったと思う。
「勉強嫌い」
「知ってる。そういうわけで実演にしましょう。まずはポーションを作りましょうか」
シャルがそう言って、三角フラスコと四つ足がついた網、そして、アルコールランプを取り出した。
「理科の実験じゃん」
「一緒ね。昔ながらのポーションはこうやって作るの」
「昔ながらって?」
「今は魔道具を使って大量生産だもん。その分、質が微妙で味も微妙。質の良いやつはこうやって錬金術師が手作りで作っている」
大量生産は時代かね?
「どうやって作るんだ?」
「まずここに薬草の葉から抽出したエキスを入れます」
シャルが小さな瓶とスポイトを取り出し、三角フラスコに数滴入れる。
「理科だなー」
「一緒だってば。あ、薬草の葉からエキスを抽出するところから見る? 3時間かかるけど」
「見ない」
苦行か!
「そう? 楽しいんだけどね」
さすがは部屋に閉じこもって薬品を眺めながらニヤニヤするのが趣味の人だわ。
「ポーションが見たい」
「えーっと、じゃあ、続けるわね。まあ、後は簡単で、ここに魔水を入れるの」
シャルが瓶に入った水を入れていく。
「魔水って?」
「そのまんまね。魔力を帯びた水。アストラルは魔力が漂っているから水なんかも魔水に変化しているのよ。あ、身体に害はないから安心して。それで魔水にも魔力の濃度なんかがあって、それがポーションの質に影響するのよ。ちなみに、これは濃度が8パーセントってところね」
そう……
「それを入れてどうするの?」
「熱する」
三角フラスコを網の上に置くと、アルコールランプに火を点け、炙り始めた。
「え? 終わり?」
「これでできるのが低級ポーションね。あの不味いやつ」
「俺でもできそうだな」
「材料があればね。薬草から有効なエキスを抽出するのが難しいのよ」
そういうことか。
「こうやっていつも作ってんだな」
「そうね。これが基本。じゃあ、待っている間にツカサが好きなコーラ味を作りましょうか」
シャルはそう言って、別の三角フラスコと網、そして、アルコールランプを取り出した。
「何セットあるの?」
「いっぱい。10本は同時に作るし」
絶対に言えないけど、もうそれで食っていけよ……
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